窃盗癖クレプトマニアの判決-2
- 平成26年○○月○○日宣告 裁判所書記官 ○○
- 平成26年(○)第○○号
- 本籍 ○○市○○区○○町○○番地
住居 ○○市○○区○○ ○○丁目○○番○○号
無職(元○○) ○○ ○○子 昭和4○年○○月○○日生 - 上記の者に対する窃盗被告事件について、当裁判所は、検察官○○、弁護人○○(国選)出席の上審理し、次のとおり判決する。
- 主文
- 被告人を懲役1年に処する。
この裁判確定した日から4年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。
- 理由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成26年○○月○○日午後○○時○○分頃、○○市○○区○○丁目○○番○○号の株式会社○○店内において、同店店長○○管理のフレッシュフルーツタルト等4点(販売価格1,954円)を窃取した。
(証拠の標目)
括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードの検察官請求証拠の番号を示す。
1、被告人の
(1)当公判廷における供述
(2)警察官調書2通(乙2、3)
2、○○(甲4)、○○(甲6)の各警察官調書抄本
3、被害届抄本(甲2)、上申書抄本(甲3)、被害品確認書抄本(甲12)
4、実況見分調書抄本(甲7)
5、現行犯人逮捕手続書抄本(甲1)
6、調査報告書抄本(甲8)、調査報告書3通(甲9、10、14)、写真撮影報告書(甲16)
(法令の適用)
罰条 : 刑法235条
刑種の選択 : 懲役刑選択
執行猶予 : 刑法25条2項
保護観察 : 刑法25条の2第1項後段
訴訟費用の不負担 : 刑訴法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は、被告人が、平日の夕方、○○駅スーパーで、販売価格1954円相当の食品4点を所携のショルダーバッグに隠して店外に持ち出し、窃取したという事案である。
被告人は、警察官に対し、盗んだ食品は自分が家で食べようと思ったのであり、自分のお金を使うのがもったいない、浮いたお金で家族で外食でも行けるのではないかと考えて本件犯行に及んだと述べており(乙2)、実際にもフルーツタルト1点とシラス1ケースは所携の帽子で隠してからショルダーバッグに移し、生どら焼き2点はレジ待ちの列に並ぶふりをしながら上着の中に隠し入れるなどしており、動機に酌むべきものがなく、態様も手慣れた感がある。また、被告人は、店外に出てから私服警備員に尾けられていると感じ、盗品を売場に戻して切り抜けようと様々に動き回ったりしたもので、犯行後の態様も芳しくない。食品が万引きされた場合の通例に従って還付された盗品も廃棄処分されており(甲15)、実害が生じている。
加えて、被告人は、平成15年○○月から平成22年○○月までの間に万引きの前歴が4回ある上、ショッピングセンターでストッキング等を万引きした窃盗罪により平成22年○○月に罰金刑に処せられ、同じショッピングセンター内のスーパーマーケットで食品を、雑貨店でカート等を万引きした窃盗罪により平成25年○○月に懲役1年、3年間執行猶予に処せられた前科がある(乙6ないし9)のに、その約10か月後の執行猶予期間中に本件犯行に及んだものであることを併せ考えると、被告人の刑事責任はおよそ軽視できるものではなく、通常であれば実刑を免れない事案である。
しかしながら、本件については、精神科クリニックの医師が前件裁判の公判直前の時期及び本件勾留についての保釈後の時期に被告人に問診した上、被告人は病的窃盗(クレプトマニア)であると診断し、これに基づいて受診及び治療がなされており(弁8ないし10)、この点の情状面における検討が必要である。
関係証拠によれば、
(1)被告人は、○○経営の両親のもと、3人兄弟の長女として育ち、父親は厳しく、被告人は反発ばかりしており、中学生の頃遊び感覚で万引きをしたことがあるが、発覚することも繰り返すこともなく終わったこと、
(2)被告人は、小学生の頃太っていたことでいじめられたことがあり、16歳頃から22歳頃まで毎日のように食べ吐きを繰り返し、最近でも月1、2回あるいは年に数回程度食べ吐きをしていたこと、
(3)被告人は、高校卒業後、専門学校に進んで○○の資格を取得し、○○市○○区所在の○○に就職し、2年務めて平成○○年に○○を自営とする夫と結婚して仕事を辞め、出産、育児の時期を経て平成○○年に前記○○にパートで復職したこと、
(4)被告人は、平成○○年○○月に第3子の長女が生まれるまで万引き癖などはなかったが、夫の仕事が減って経済的不安が生じたことをきっかけに食料品の万引きを繰り返すようになり、多いときは週に2回くらいの頻度で行うようになったこと、最初は小さい商品をタオルにくるんで盗んでいたが、だんだんカートごと服で隠して持ち出すまでにエスカレートしていったこと、平成○○年○○月以来、4,5回発覚して検挙されたり逮捕されたりしたが万引きを止めることができなかったこと、
(5)前件裁判時、被告人は、取調官に対しお金を払うのがもったいないと話していたが、生活するのに足りるだけのお金はあった、盗みが悪いことだとはわかっているが店に入ると規範意識が薄れ、盗んだ後で反省するという同じことを繰り返してしまう原因は自分でもわからない、クリニックで摂食障害と関係があるクレプトマニアと診断されたので、社会に戻れたら通院し続ける、夫からは実家に戻ったほうがいいのではないかと勧められたが、原因がそこにあるのかどうかわからない、などと公判で供述したこと、一方で、被告人の父親に対しては前件そのものを隠していたこと、
(6)被告人は、その述べるところによれば、医師からクリニックに通うよう指示されたが、○○の仕事を休むのが嫌だったのと自分で何とかできるだろうという思いから、通院の方を破棄してしまったこと、前件判決後約6ヵ月間は万引きすることはなかったが、仕事や家事が忙しくなって自分の罪と正面から向き合う時間がなくなり、執行猶予判決の重みが薄れてしまって平成○○年○○頃から万引きを再開し、4,5回いずれも食料品の万引きを繰り返していたこと、
(7)被告人は、万引きをするときの精神状態について、「イライラ、ムシャクシャしたときにやりたくなる」「空腹時に菓子など甘い物を見ると盗ろうというスイッチが入ってしまい、他の大事なことを考えられず、盗むことばかりで頭がいっぱいになる、ただ、警備員に見つかったらどうしようという思いが大きくなる」「万引きに成功すると得したと思う時もあり、ストレスが発散できて気分が良くなることもある」と述べていることがそれぞれ認められる。
上記クリニックの医師は、検察庁からの照会に対する回答書(弁10)中で、被告人に対する回答書(弁10)中で、被告人に対する診断の基準はDSM-Ⅳ-TRにおける窃盗癖者の判断基準によるもので、窃盗をする前の緊張感の高まりが繰り返され、幻覚・妄想等の精神疾患が見られないことが基準に該当すること、診断資料は被告人に対する問診と弁護士からの情報であり、特に窃盗が繰り返されてることであると簡単に回答している。上記医師の診断は、DSM-Ⅳ-TRの基準が、窃盗の主たる動機がその物品の用途や経済的価値ではないこと、患者が述べた表面的理由によらず、なぜ、生来反社会的とは思えない人物が、経済的余裕もあり、購入資金もある中で、発覚すれば失う物が大きい危険を顧みず、敢えて少額の万引きのような窃盗行為を繰り返すのか、即ち衝動制御の問題にあるという現在では一般的な理解に沿うものであって、加えて摂食障害患者の窃盗癖合併率が極めて高いという障害の説明にも合致しており、十分信頼性が高いものである。
以上のとおり、被告人は、本件当時は夫の収入と自己のパート収入を合わせると十分生活していける経済状態にあったのに、さして必要もなしに万引きを繰り返してきたこと、現に本件犯行時には現金16万円以上と多数の銀行キャッシャカードやクレジットカードを所持していたこと、夫も被告人に実家で静養することを提案するなど十分配慮してきたこと、被告人の学歴や職歴を見る限り資質能力面で特に劣った点は見られないこと、にもかかわらず、執行猶予期間中に本件犯行に及んだことを考慮すると、被告人の行動がクレプトマニアの影響を受けたものであるとことは否定できないものと考えられる。
そして、被告人の夫と被告人の勾留中に被告人宅で孫たちの面倒を見た被告人の母親が被告人のこのような事態を深刻に受け止め、被告人の父親と被告人の夫の姉らの協力を得て、被告人に対するクレプトマニアの治療を継続しながら十分に監督することを合意し、誓約していること、被告人も本件での逮捕勾留を契機に現在の立場を深刻に考え、子供たちのためにも、夫や自己の親族らの指導と監督に服する意思を固めており、現に平成○○年○○月末で勤務先○○を退職し、○○月の初旬及び中旬はほとんど毎日クリニックに通院し、下旬には○○で○○研修を受けたことなど、その改善更生を期待できる状態に至っているものと認められる。これに加えて、本件の被害額は前件の5分の1以下の比較的少額であること、警備員に現行犯人逮捕されて被害品が被害店舗に還付されたこと(実害がなかったとは言えないのは前述のとおり)、被害店舗の店長が、この種事案の通例とは異なって、被告人からの被害弁償を受け入れ、示談書を交わし(弁1)、被告人を宥恕していること(甲5)、被告人と夫の間には専門学校生の長男、高校生の二男及び小学生の長女がおり、被告人の母親や被告人の夫の姉が随時来訪するなどして協力したとしても、夫だけでは子供たちの面倒を見ていくのは難しい状態であり、被告人の長期不在が子供たちに甚大な影響を与えるであろうこと、そうすると、先々、家庭自体を崩壊させかねないことを考慮すると、被告人の犯行内容に比して失うものが過大であることが明らかであり、被告人を今回直ちに受刑させるには若干躊躇させるものがあり、結局、被告人の情状に特に酌量すべきものがあるというべきである。
以上の諸情状を総合考慮すると、被告人に対しては、社会復帰の最後の機会として再度の執行猶予を付し、保護観察関係機関による更生指導を受けさせ、クリニック通院によるクレプトマニア治療と併せた効果を期待するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役1年)
平成26年○○月○○日
○○裁判所第○刑事部
裁判官 ○○